ミニマリストの心旅

ミニマリスト・白洲三四郎が「心のふるさと」を取り戻すために、イデオロギーからではなく、一生活人の視点から、また一生活人にもある「詩心」を通して政治・歴史・文化などについて語ります。

日本人の「心のふるさと」が見えない理由の一つが、敗戦後のWGIPにあると気づきました。

このブログの目的について、去年から今年にかけてずいぶんと思案しました。

人生は短いので、少しでも自分らしく、豊かに生きたいもの。

しかし、この「自分らしく」ということが、実に難しいのです。 

 

「心のふるさと」が見えない、まるで症候群のように。

日本に生まれ育った私自身の「心のふるさと」が、はっきりとは見えません。

日本人らしさとは? 

日本人の原風景はどこ? 

心の源流はどこにある?

何となく懐かしいような「日本的なるもの」は、かすかに感じられる時もあるけれども、それが鮮明には見えてきません。

自分の根っ子がどこにあるかわからないのです。

かつて「心のふるさと」はあったはずなのに、手で触って確かめることもできず、不安を覚えることもしばしば……。

当てもなくさまよっている(心の彷徨を続けている)うちに時間だけがいたずらに流れ去り、人生の幕がおりてしまったら、あまりにも哀し過ぎる。

一ヶ月ほど仕事を休んで、考えに考えた末にハッと思い至ったのは、日本の歴史(近現代史)を学んでいる時でした。

日本人はGHQのWGIPに、今も洗脳され続けている。

特に、日本人が日本人らしくなくなってゆくのは、明治維新からではなく、1945年の敗戦以後です。

東京大空襲、広島・長崎への原爆投下などがあった、あの悲惨な戦争(大東亜戦争・太平洋戦争)が終わった時、日本人は日本国誕生以来の悲劇を経験することになります。

この悲劇を生み出したのは、敗戦後、GHQよって行われた占領政策にほかなりません。

今回は、GHQが行った政策の中でも最も怖ろしい「WGIPWar Guilt Information Programウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」についてお伝えします。

明治維新の後、西洋文化が入ってきました。「和魂洋才」という言葉があらわすとおり、心の根っ子、精神の精髄は、あくまで日本人らしくあったと考えて良いでしょう。

ところが、1945年の敗戦によって1952年のサンフランシスコ講和条約の発効まで、過酷な戦後支配を受け、日本人の「心」が初めて根幹から危険にさらされました。

GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領政策が最も怖ろしいのは、日本人の精神を弱体化させようという「WGIP」が含まれていたことです。

このWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)は「戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画」と一般的に言われています。

www.sankei.com

しかし、その中身は「宣伝計画」というような生やさしいものではなく、残酷無慈悲な「洗脳」以外の何ものでもありません。 

そしてこの「洗脳」は、戦後70年以上もたった今でも毒薬のように効いているのです。

この「洗脳」は「日本人の心を、根っ子から引き抜いてしまおうとする工作」だとも言えるでしょう。

私は考えに考えた末に、日本人である私自身が「心のふるさと」を取り戻すためには、どうしても、WGIPという洗脳から抜け出ることが必要だと思い至ったのです。

「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」によって、いかに日本人が偏った考え方を植え付けられたかを知るためには、以下の動画をご覧になると良いと思います。

www.youtube.com

西尾幹二は極めて優れた文学者です。そのため、イデオロギー的な語りではなく、深く静かに「日本人の心」を語ってくださいます。

GHQは言論統制のために、検閲だけでなく、焚書も行ったのです。

焚書とは「学問・思想を権力によって弾圧するための手段として、書物を焼き捨てること」。

GHQは日本の国体を弱体化するために、日本人の精神を洗脳し、物の見事に成功してしまったのです。

専門家の中には、アメリカ人はこれほどまでに自分たちの洗脳が成功し、70年以上の効力を発揮し続けるとは予想していなかったという人もいます。

日本人の心は、完全に根絶やしにされたわけではない。

日本人の心のふるさとが非常に見えにくくなっている原因が、GHQの洗脳工作にあったと気づくのが、私自身は遅すぎたかもしれません。

しかし、幸運なことに、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」は完全には成功したとは言えません。

なぜなら、日本人の一部には、激烈な洗脳の毒性を浴びた上で、自らその洗脳を解き、日本人の心の源流を見出し、未来につなげようという動きが強まっているからです。

つまり、GHQは「根っ子から引き抜く」つもりだったけれども、根の一部は残っていたということ。

日本人の心の根っ子は、決して根絶やしにされてはいません。

ですから私は、かなり遅れてしまいましたが、今からでも日本人の「心の根っ子」をていねいに確認し、一本の樹木のようにストーリーを完結したい(自分らしく生き切りたい)のです。

そのためには、歴史はもちろん、政治・経済・文化などを学びなおさなければいけないので、これから、このブログでいろいろと書いてゆきたいと思います。

そうすれば、自分自身は「どこから来て、どこへ行くのか」が見えてくる気がしているのです。