「断」という言葉が流行っているそうです。
「断捨離」だけでありません。
「断食」「断酒」断糖」「断色」「塩断ち」などなど、何かを「断つ」ことは良いことだと、多くの人が思っている。
そして実際に、ストイックな生活を目指しているようです。
という私も断捨離、節約、ダイエット、禁酒などに強い関心があり、やはり、何かを抑制したり、やめることを目指して生活しています。
しかし、それにしても、人はなぜ、何かを断とうとするのでしょうか?
禁じること、断じることで、心が壊れてしまうかもしれない。
何かを絶たないと、人生が間違った方法に行くと信じきっている、何かを絶たないと危険な罠(わな)にはまってしまいかねないと怖れているかに見えます。
私は、そうした禁欲生活に疲れることがあります。
リバウンドというのか、思い切り、酒を飲んだり、どか食いをしたり、甘いお菓子を大量に買い込んだりしたくなるのです。
思うだけでなく、本当にそうしてしまうことも、ありますよ。
もともと天真爛漫な性格で、自由をもっとも愛する人間だからでしょうか。
ただ、禁欲生活とは真逆の放蕩生活に浸りきるほどの経済力も、刹那の快楽に耽溺する若さもありません。
二日酔いがさめると、また地道な「断捨離生活」に戻ろうしてしまうのです。
断捨離、節約、ダイエット、禁酒禁煙などなど……。
ストイックな生活に疲れた時は、ついつい、暴飲暴食してしまいがちですが、それでは疲れはとれません。
むしろ、体調を崩してしまい、元のコンディションに戻すのに苦労していまいます。
禁じるのではなく、解き放つことが大事。
禁欲生活に疲れた時に最も効果があるのは、やはり「旅」です。
当てのない一人旅が良いでしょう。
できれば、山や渓谷を歩いてくるのが、疲れを癒す最良の方法だと思います。
私は20代の後半は、週末になると必ず山に行っていました。
そのために、健康と体力にだけは自信があったのです。
沢歩きを続けている頃は、ストレスがたまらないので、どか食いすることも、甘いものを無性に欲しがることありませんでした。
しかし、30歳以降は、山に行ったことは一度もありません。
禁欲ライフも、そして、仕事中心の日常生活も、ストレスを増殖させるだけのように思えてきました。
ストレスこそ、諸悪の根源。
肉体を、精神を、そして、人生を蝕むのは、ストレスにほかなりません。
旅立ちの時は、もう少しで訪れる。
私は幻想を述べているのではありません。
本気で、あと数ヶ月したら、ノートパソコンと最小限の荷物だけを持って、1年のほとんどを旅して暮らす、とそう心に決めているのです。
私にとって断捨離とは、心を豊かに保つことを意味しますが、心豊かに生きるには、もう、旅しかないと思いはじめています。
ただし、その旅も、決して安楽な旅ではないということは、充分に承知しているのです。
正直、今すぐ旅に出られる状態ではありません。
ただ、数ヶ月後には、旅の途上でこのブログを書いている、そんな予感がしているのです。