毎日、どれくらい、お金を使っていますか?
最近の私の消費傾向としては「お金は使うけれども、物はそれほど買わない」があります。
もう、物が増えすぎる生活はまっぴらなので、物を新しく買うことに大して警戒心があるのかもしれません。
「断捨離」とか「ミニマリスト」などという言葉は一時的な流行語ではなく、日本人の生活に根をはりつつあると私は感じています。
そういう世間一般の「物を買わない傾向」に対し、必死で抵抗している店舗があります。
それが、スーパーマーケットです。
このスーパーマーケットについて考えると、意外にも、賢い断捨離術、鮮明なミニマリスト的生活が見えてきましたので、それについてお伝えしますね。
食品しか売らなくなったスーパーの話。
以前、文京区に住んでいる頃のこと。近所にあったスーパーが忘れられません。
小さいながらも、生活雑貨や食品がぎっしりと店内に並べられていて、非常に重宝していたのですね。
ところが、店内の改装ということで、i一時休業に。
新装開店と同時に出かけて行って、店内をぐるっと一周してみて驚きました。
生活雑貨の類はすべてなくなり、食品のみが売られていたのです。
テッシュペーパーも歯ブラシも、買えなくなってしまいました。
冷静に考えれば、当たり前かもしれません。何しろ店が狭いのです。
雑貨よりも、食品の方が売れるでしょうから、食品だけに絞るのは当然でしょう。
スーパーが生き残る知恵がここは息づいていますね。
このあたりにはスーパーはそれほどないので、生活雑貨は、それ以降はコンビニで買うようになった記憶があります。
では、もう1つ、「西友」について。
近所の西友さん(西友高円寺店)は、地下1階と1階があるだけの小店舗です。
隣り駅の阿佐ヶ谷にも西友はありますが、そこは大きいので、衣類や寝具なども置いています。
高円寺の西友では、食品と消耗品しか売っていない。
では、高円寺の西友はどうか?
すぐに使い切ってしまう、使えなくなる、生活に必要な消耗品と食品しか並べていません。
ですから、ちょっとほしい生活雑貨は近所の西友にはなく、他の店、例えば「オリンピック高円寺店」か、阿佐ヶ谷の西友にまで行かなければならないのです。
確かに、生活雑貨でも一度買ってしまえば、何年も使えるもの、自分で捨ると決意しないかぎり、一生使えてしまうものさえあります。
そういう物を置いていても、ひんぱんには売れないので、消耗品や食品に絞って品揃えしている、これもまた当然でしょう。
スーパーマーケットから学べる断捨離術とは?
ずばり、食品と消耗品だけを買う生活に切り替えるのです。
消耗品は自然となくなるか、使えなくなれば自然と捨てますので、物は増えません。
物も買う時もあるでしょうけれど、本当に最低限におさえる。
かなり前ですが、スーパーマーケットと百貨店をあわせたような複合型のショッピング施設が注目されたことがありました。
当時、私は名古屋に住んでいまして、駅前の「生活倉庫アピタ」に、ちょっとワクワクしながら出かけたものです。
確かに、買いたくなるものが物凄くたくさん並んでいる、でも、当時も貧乏でしたから、ひょいひょいと買うわけにはゆきません(苦笑)。
結局、いろいろと動き回ったあげく、何も買わないで帰ってしまうのでした。
食品しか置かない小さなスーパー、消耗品と食品しか並べない西友とは、生活倉庫はコンセプトが違うのです。
それは承知しているのですが、生活倉庫には、生活にどうしても必要なものはなかった。
逆に、なくても済ませるものばかり並んでいた。
そんな記憶だけが鮮明に残っているのですね。
生活倉庫ファンの方には申しわけありません。
おさらいしましょう。
スーパーマーケットから学べる断捨離術とは、食品と消耗品しか買わない生活への切り替えです。
それならば、物は基本的に増えませんからね。
物を増やす満足から、精神的な満足へ
思えば、百貨店や生活倉庫で買い物をするという生活から、私はずいぶん遠ざかってしまいました。
買い物がステイタス、物に付加価値を求めた時代が、遠い景色のように思い出されます。
衝動買いで物を増やして、満足を得るという時代は、少なくとも私の場合は終わりました。
消耗品と食品しか買わない生活など、味気ないでしょうか?
そんなことは、おそらくはありません。
大事なもの、大切なことは、百貨店や専門店に並んでいるわけではないと思うのです。
物に価値を見出さず、目に見えないもの、精神的なもの、審美的な要素に価値を置く生活を徹底させたい、と私は切に願っています。
そのために、高級百貨店や専門店には行かず、スーパーマーケットを賢く使いこなして、断捨離術、ミニマリスト的生活を完成させてゆきたいのです。
まとめると、以下のようになります。
スーパーマーケットから学ぶ断捨離術とは、買い物は消耗品と食品だけに極力絞り、物に執着せず、精神的な価値を大切に暮らす生活術だと申し上げたいのです。