白洲三四郎ブログ

白洲三四郎(しらすさんしろうshirasusanshirou)がミニマリスト計画を実現するまでの記録。旅立ちのために、断捨離と節約を実行中。

スマホの断捨離へ。スマホの危険性を知る。

先日お伝えした「5つ断捨離術で、暮らしを自由で創造的に変える方法」に予想外の大きな反響があり、私自身、かなり驚いております。

その記事で、の断捨離、の断捨離、の断捨離、情報の断捨離、人間関係の断捨離という5つの断捨離が必要であるとご提案いたしました。  

今日は、5つの断捨離を総合的に進める上で、真っ先に足を引っ張ってくるものについて、お話しいたします。

 

断捨離と言いますと、物を捨てることを連想しますが、物を捨てたぐらいでは、伸び伸びとした豊かな生活が営めるようにはなりません。 

それは、私自身が体験済みです(苦笑)。

心、体、物、情報、人間関係、すべてをバランス良く断捨離してゆく必要があります。

ところが、バランスのとれた断捨離を阻止する疫病神がいるのです。

それは、何か?

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そう、「スマートフォン」、通称「スマホ」です。

スマホ中毒、スマホ依存症に、ご用心。

スマホほど便利な情報ツールは、これまでありませんでした。

薄く小さな板切れの中に、あらゆる情報便利ツールが詰め込まれているのですね。 

世界中の人たちが、スマホに飛びつき、スマホはもう生活必需品として、人間たちの生活の深く食い入ってしまったかに見えます。 

これでいいのでしょうか?

このスマホは、便利すぎるがゆえに、これほど危険な道具もない、と私は密かに怖れています。

人間は弱い生き物で、簡単に中毒症状(依存症)におちいってしまう。 

かつては、テレビ中毒、パソコン中毒などが流行りました。

他にも、タバコ中毒、パチンコ中毒、ゲーム中毒、甘い物中毒など、中毒の種類をあげていったらきりがないほどです。 

そして今、スマホ中毒(依存症)なるものが、人間たちを蝕んでいると、思えてなりません。 

駅のホーム、電車の中、カフェなど、いたるところでスマホをいじっている人たちを見かけます。

先日、日中にファミレスで紅茶を飲んでいて、ゾッとしました。 

それは、一人でいる客、その全員が、スマホをいじってること。

そんなに狭い店舗ではないですよ。それなのに、全員がスマホいじりとは……。

あの光景も怖いのですが、あの光景を異常ではなく普通だと感じてしまいそうになる自分の方がもっと怖い。

スマホの最大の罪は、人から隙間(すきま)時間を奪ってしまったこと?

スマホが実に危ないと思うのは、スマホをいじっていると、何時間でも時間がつぶせてしまうことです。 

Webサーフィンはもちろん、知人とLINEをしたり、動画を見たり、電子書籍を読んだり、ゲームをしたりと、無数の「ひまつぶし」が、スマホ一つでできてしまう。

「それだけ便利だったらいいじゃないの」と言う人がいるかもしれません。

「私たちは、スマホで楽しんでいるんだから、あなたは黙っててよ」と怒りを表すにする人もいるでしょうね。

でも、もう少しだけ、私の話を聞いてくれませんか。

スマホで時間をつぶしていることによって、私たちにとって極めて大事なものが、確実に失われてしまっている。

音もなく、残酷なまでに無表情で、私たちを蒼ざめた存在に変えている、それがスマホの正体だと、私は危惧しているのです。 

スマホの最大の罪は、人の隙間(しきま)時間を埋めてしまった(奪ってしまった)ことだと私は思っています。

テレビならば自宅にいる時だけですみました。でも、スマホはどこに行ってもいっしょについてきてしまう(汗)。

人にとって実はもっとも豊かな時間は、何もせず、ぼんやりとしている時なのではないでしょうか? 

小さな板切れをのぞき込むより、空に浮かぶ雲の流れを眺めているほうが、はるかに創造的であり、人間的であると思うのです。

人らしくあるために、スマホ問題を真剣に考えたい。

「そんなに嫌なら、スマホを止めればいいじゃない」とおっしゃる人おられるでしょう。

いえ、私はスマホ問題を、自分自身のことだけで論じるつもりは毛頭ありません。

たとえ自分だけが止められたとしても、この問題は解決しないからです。

スマホがなかった頃、ヒマをつぶせない時、はかつて人に逢おうとしました。人と協力して、遊ぼうとしました。

自分か、相手が、最高のオモチャだったのです。

つまり、人が遊びの中心でした。

便利になった、快適になったかわりに、いつも慌ただしくて、落ち着く時がない。

1日がひと月が1年が、アッという間に過ぎてしまう、この空しさは何だろう。

人は何もしないで、ぼんやりしている時が、もっとも人らしくいられる、そんな気がしてなりません。

スマホは人から隙間時間を奪うことで、人らしくいられる時間を、そぎ落とそうとしている悪魔であると私が言ったら、あなたは笑いますか。

ともかく、スマホが人間を非人間的な存在に変えていることは確かでしょう。 

スマホで人はつながらない。孤独にさせるだけでは?

スマホには人と人とをつなげる力がある、なんてことは嘘です。

スマホでの「つながり」など、本当のつながりではありません。 

スマホには、人が自分を孤独だと感じられなくなるくらい、感覚を麻痺させる力があるだけです。 

人は本来、孤独です。

その孤独と向き合うこと、向き合っている時に、何らかの価値を見出せる、何かを作り出せるのではないでしょうか。 

人間は人間と関わることで、本当の孤独を体感できます。

スマホで遊んでいたら、本当の孤独を知ることはなく、フィクションでしかない「つながり」に麻痺してしまうだけです。

当然、創造的な個を確立することもできなくなってしまう、そんな気がしてなりません。

「引き寄せの法則」につなげるなら、スマホは人が本来発するべき「良い波動」を壊しているとも言えるでしょう。

スマホ問題は、出口がまだ見えない。

いかがでしょうか? 

繰り返します。

スマホ問題は個人の問題であると同時に、社会問題でもあります。

私自身、スマホを断捨離できたら、それで問題は落着するという問題でもそもそもありません。

まだまだ、この問題は掘り下げてゆく必要があると、今回語ってみて痛感しました。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

長くなりましたので、この続きは次回にお伝えしますね。