毎日が旅になる暮らしへ

白洲三四郎(しらすさんしろう)がミニマリスト計画を実現するまでの記録。「毎日が旅になる暮らし」の準備(断捨離など)についてお伝えします。

死への恐怖心を断捨離する方法。

最近、ときどき思い浮ぶシーンがあります。それは人生という長い旅の終わりのイメージ

おそらくは、それがこの世との別れ、死の時なのだと思います。

子供の頃からずっと死は怖いものだと感じてきました。

しかし、ある時、ある一つのイメージを抱いたことによって、への恐怖心断捨離できたのです。

今回は、私の抱いている死のイメージについてお伝えしましょう。

 

私にとっての死のイメージを簡単に言うなら、それは「昇天」です。

天空に舞い上がり、やがて消えてゆく。それが私にとっての死です。

これまで私は何回ともなく体が浮きそうになる感覚にとらわれてきました。

完全に宙に舞い上がっている時は、夢の中なのですが、それが現実かもしれないと何度も思ったことがあります。

だから私にとっては、空高く舞い上がることは、日常の延長でしかありません。

たぶん、死の時が訪れれば、この肉体は、いえ、肉体と呼びにはあまりにも軽くなってしまった体は、自然に、充分すぎるほど自然に浮き上がるのだと思います。

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思えば、幼い日に、渡り鳥の群れを夕暮れに見てしまった時から、私は天空に魅せられ、恋焦がれてきた気がするのです。

少年の頃、まったき静けさの中で美しい鳥の姿に魅せられた時、私の魂は昇天してしまったのではないかと、ときどき思う時があります。

その思いが最近は日ごとに募り、ますます天空が恋しくなっています。

死は怖いのに、天空には限りない憧れを持ち続けていた、不思議な少年でした。

ところが、ある時期から、死を怖れなくなったのです。

いろんなことを思い悩み、自分の限界を悟り、運命に逆らうことの愚かさに気づいた時、ふっと心身が軽くなり、死が怖くなくなりました。

今生きているのは地上だけれども、やがて自分は天上に帰るのだろうと思った時、救われた気持ちになったのです。

天空は昇るところでもあり、帰るとこともであるのでしょう。

ともあれ、死を昇天だと考えると、死を怖れる気持ちは消え、心が安らいでいるのが感じられたのです。