白洲三四郎ブログ

白洲三四郎(しらすさんしろうshirasusanshirou)がミニマリスト計画を実現するまでの記録。旅立ちのために、断捨離と節約を実行中。

理想の貧乏生活とは?

節約生活に移行して、私の生活はおかげ様で、かなり充実してきました。 

「貧乏」という言葉はイメージが悪いので、やめた方がいいという人がいるのですが、あえて強調します。

「貧乏」でないといけないのです。 私はもう、死ぬまで「貧乏」でいようと決めました。 

私が言う「貧乏」とは「精神的に豊かであること」を意味しますが、それだけではありません。

なぜ、お金に執着せず、あえて「貧しさ」の中で生きようと決意したかと申しますと、それは「お金に負けたくない」からです。 

では「お金に負けない生活」とは、どんな生活なのでしょうか? 

 

貧乏生活

私の人生は「お金に負け続けてきた」、あるいは「一度も本当に意味でお金に勝ったことがない」と思う時があります。 

今度こそ貧乏の中で節約(倹約)することで「お金に負けない生活」を実現したいのです。 

私は二十代を極貧の中で過ごしました。 

月に10万円以上を使ったことはありません。家賃や食費など全部を含めてです。 

それでも、けっこう楽しく暮らせました。若かったし、夢もありましたからね。

そのまま現在に至れば、貧乏万歳となるわけですが、さすがにそう甘くはありません。 二十代の終わりに大失恋し、その時に経済力の大切さを痛感しました。

どうして彼女が私の前を去ったのか、その原因の一つが「お金がないこと」であったのは間違いありません。

その後は、経済力はついたのですが、長期入院したり、関わった会社がつぶれたりして、借金苦を味わったこともありました。 

しかし、経済的な困窮より、大金をつかんだ時の方が苦しいというのが私の実感です。

 所有するお金が大きいと、失うものも大きいのです。 

お金を全否定しているわけではありません。ただ、一般的にいわれる「お金はないよりも、あった方が良い」とは思っていないのです。 

お金はたくさんあるより、少しだけある方が良い」、これが私の実感。 

お金を適正に運用する才能が私にはないためか、お金がありすぎると、いろんなことに「溺れる生活」が続くのです。 

仕事に溺れ、お金に溺れ、酒に溺れ、物欲に溺れ、愛欲に溺れ……。 

溺れると息が苦しくなります。もう若くないので「溺れる生活」から決別したいのです。 

大切なのは、自分の身の丈に合った最小限のお金を持つことで、本当の自分を見失わないで暮らしをかなえること。 

お金が少なすぎたり、多すぎたり、お金の大小で、自分の人生が左右されない(乱れない)生活のことを「お金に負けない生活」だと私は言い切りたいのです。 

では、世間でよくいわれる「お金から自由になる生活」を私は目指しているのでしょうか。 

いえいえ、お金から完全に自由になるのではなく、お金と良好な関係を保ちたいから、倹約しようという意識は持ち続けるつもりです。 

少しくらいは不自由な方が、自分を鍛錬できます。自分を磨くために、ずっとお金には不自由したいのです。