ミニマリストの朝活

ミニマリスト・白洲三四郎の朝活ブログ。午前5時から活動開始する、独身男子のミニマリスト生活を実況中継ふうにお届けします。

令和ミニマリスト宣言。

あと少しで御代替わり。元号が平成から「令和」に改められます。

私が現実に生きる最後の元号であるだろう「令和」。

この時代が始まるにあたって、平成である、あと数日間、平成を振り返るのではなく、「令和」をどう生きるのかについて、考えようと思っています。

それを私は「令和元年の独りキャンペーン」と呼ぶことにしました。

キャンペーンにはいろいろあるのですが、生活の軸はやはり、ミニマリストとなります。

まずは、私がしたいのは「令和元年のミニマリスト宣言」です。

力づよく、そう宣言するには、ミニマリスト生活の課題と対策を知らねばなりません。

 

 ミニマリストのブームは平成で終了。令和のミニマリスト生活は?

ミニマリスト生活

今から5年くらい前でしょうか? ミニマリストの空前の大ブームがありました。

今はミニマリスト旋風は静かになりましたが、消滅してはいません。

しかし、日本人の生活にミニマルライフが根をおろしはじめているといえるでしょうか?

私は平成30年に引っ越し、平成31年になってからミニマリスト生活に本格的に突入したました。

平成の最後に滑り込みでミニマリストになった私は、令和の時代でも、この快適なミニマリスト生活を何とかして続けたいのです。

しかし、令和の時代のミニマリスト生活、その最大の課題は「お金」です。

貧困の時代に、ミニマリストはどう生きるべきか。

消費税は上がり続けるだろうし、自民党政権が続くかぎり、所得の格差は広がるばかりでしょう。

ほんの数パーセントの富裕層以外は、すべてが貧困層に。

中流社会が消滅するという、社会の深刻な貧困化が進むことは間違いないと思われます。

少子高齢化社会が進み、経済的な国際競争力も落ちているので、今後、経済的に上向くことは考えにくいのです。

だからといって、令和の時代に希望がないと言いたいのではありません。

社会の流れに身をゆだねているだけでは、また受け身の姿勢では、貧困層に吸収されてゆくことは目に見えていると言いたいだけなのです。

その意味から、「ミニマリスト」は、守るより、攻める方に力を入れるべきだと思っています。

ミニマリストは「攻める人」である。

働く人

「攻撃は最大の防御である」と古くからいわれています。

私の令和におけるミニマリスト生活は、攻めの姿勢なくして、現状を守ることもできないと腹をくくりました。

ミニマリストに経済力、即ち「お金」は欠かせません。

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富裕層が道楽として楽しむのがミニマリストだ、と言いたいのではありません。

かといって、貧乏で物が買えないからミニマリストになってしまった、というのではミニマリスト生活は楽しめないでしょう。

ミニマリストには「ゆとり」が必要ですから。

私の実感では、貧困では無理がありますが、中流で充分に楽しめるのがミニマリスト生活だと私は思っています。

「お金」は必要なのは当然。大事なのは「お金」の稼ぎ方です。

守りの姿勢では「お金」はまわってきません。だから、行動が必要。

では、どのような姿勢で行動すべきなのでしょうか?

心理学者のアドラーは次の名言を残しています。

「幸せの三要素は 自分自身が好きかどうか。よい人間関係を 持っているかどうか。そして、人や社会に 貢献しているかどうか」 

会社などの組織に入って仕事をすれば安定した報酬をもらえるという時代は終わったと覚悟すべきです。

組織にだけ依存するのではなく、組織に入ったとしても、主体はあくまで自分。

自分が「人や社会に貢献」しないかぎり、報酬はもらえないと考える方が健全です。

私自身、大した才能もないし、偉そうなことは言えませんが、いろんな積極的な行動によって、アドラーの言う「幸せ」を手にしたいと思っています。