ミニマリストの心旅

ミニマリスト・白洲三四郎が「心のふるさと」を取り戻すために、イデオロギーからではなく、一生活人の視点から、また一生活人にもある「詩心」を通して政治・歴史・文化などについて語ります。

引っ越しで断捨離は終了。これでミニマリスト生活は完成した?

去年の12月24日、現在の賃貸住宅に引っ越しました。

引っ越し疲れがひどくて、生活情報を書く気力がわいてこなかったのですが、ようやく2ヵ月が経ち、少し落ち着いてきました。

引っ越しの時に、限界まで荷物を断捨離したので、これで私の断捨離は終了し、ミニマリストになったと言えるのでしょうか?

何だか、スッキリしないのですが、それについてお伝えしますね。

 

10年間使ったダイニングテーブルと椅子を断捨離。

ダイニングテーブルの断捨離

部屋が狭くなるので、引っ越し前にダイニングセットを断捨離しました。

もうこれで、本当に捨てる物がなくなりました。

しかも、引っ越してからは、食材と消耗品(日用雑貨)しか買っていないので、荷物は増えていないのですね。

余計な物を持たない暮らしがミニマリスト生活だとすれば、私はミニマリストなのかもしれません。

しかし、何か、違和感を覚えるのです。

ミニマリスト生活を「持たない暮らし」と呼ぶことに違和感がある。

ミニマリストは余計なものを持たない、シンプルライフを実現した人だというイメージを、確かに私も抱いています。

しかし、何も持っていないのでは寂しいのではないか、という感じもあるのですね。

断捨離を終了し、持たない暮らしを実践していれば、それだけで幸せになれるわけではありません。

その意味で、私の目指すミニマリスト生活は、精神的に満たされた生活なのだと思います。

「簡素」な暮らしの中だからこそ、実感できる「豊かさ」はあるのです。

これからは「貧乏」ではなく、「簡素」と呼ぶことにしました(笑)。

物は持たないけれど、常に満たされている感覚がある、それが真のミニマリスト生活と言えるのではないでしょうか?

暮らしのレベルは関係ありません(苦笑)。問題は「心の状態」ですね。

これからも、物を買いあさったり、贅沢三昧な暮らしをする気はありません。

「簡素」こそが「豊かさ」の条件だと、しきりと思う今日この頃です。