貧乏は青春の匂い

気がつけば貧乏生活に突入。月に1回でいいから回転寿司が食べたい。でも私が住む町には回転寿司がないのです(涙)。

ミニマリストの「死」。お墓には何を持ってゆく?

最近、有名人のを各メディアが報道していますね。実際には会ったこともないのに、有名人が亡くなると、落ち込んでしまうのは私だけでしょうか。

少し前ですが、西城秀樹さんが他界された時は、本当に寂しかった。

有名人たちは、多くのものを勝ち得た人だったのですが、ふと思うに、こういう栄光の人は、墓場には何を持ってゆくのでしょうか。

よく、お金に執着する人を揶揄して、お金は墓場にまで持ってゆけるわけではない、というふうなことが言われますよね。

偉業を成し遂げた人たちは、やはり、墓場にも凡人とは違う何かを持ってゆくのではなかろうか、と考えたりもします。

大きなことを成し遂げた人の気持ちは、凡人の私にはわかりません。

で、今回はミニマリストの死について考えてみたいと思います。

 

ミニマリストは「持たない暮らし」をしている人を指します。

ミニマリスト

余計なものは何も持っていない人である、ミニマリストは墓場に何を持ってゆくでしょうか?

ミニマリストは、物をできるだけ少なくしようと努力しているのは、物が少ない方が部屋が広く使えるとかいう浅い理由からではないでしょう。

物をできるだけ少なくし、心にある夾雑物や老廃物もできるだけ減らすことで、実人生を豊かに生きたいという願いから、ひたむきに生きているのだと思います。

ミニマリストではない人、つまり、自分の強欲、邪念、煩悩などに振り回され、ぐちゃぐちゃな人生を生きた人は、墓場にはお金は絶対に持ってゆけませんが、「後悔」という巨大なお荷物を墓場にまで持ち込んでしまう。

逆に真のミニマリストは、実人生はパーフェクトではないまでも、悔いを残さない生き方をしているので、墓場にまで「後悔」を持ち込むという愚行は犯さないわけです。

では、真のミニマリストは、墓場には何を持ってゆくのでしょうか?

やはり、ミニマリストはお墓には何も持ってゆかないと思います。

真のミニマリストは、実人生を燃焼し尽くして、死ぬ時には真っ白な灰になるので、墓場には何も持ち込むことはありません。

ミニマリストは生きる最小体。ミニマリストとは大事なものだけを持ち、あとは全部捨てて豊かに生きる人のことを指すはずですから。

無能無才。凡人の私は、何かを成し遂げることなどできないかもしれません。たぶん、ずっと自分の業には苦しみ続けることでしょう。

しかし死の時には、悔いの残らぬように、「よくやったね、よく生きたね」と自分に言えるような心持で、灰になりたい、そんなことを思う今日この頃です。

生きる最小体としての自分自身を、この夏、見直してみたい。そして、悔いを残さぬように、一日いちにちを、大切に生きたいですね。