白洲三四郎ブログ

白洲三四郎(しらすさんしろうshirasusanshirou)がミニマリスト計画を実現するまでの記録。旅立ちのために、断捨離と節約を実行中。

「二十歳の原点」にある高野悦子の詩「旅に出よう…」に、自分の「旅立ちの日」を夢想する。

二十歳の原点」という本をご存知でしょうか。著者は高野悦子

青春の書として広く読まれてきたロングセラーの日記です。

高野悦子は20歳という若さで鉄道自殺してしまいました。

立命館大学に在学中のことです。

その死はショッキングですが、それだけでは長く読み継がれてくることはなかったでしょう。

久しぶりに読み返して強く感じたのは、高野悦子の純粋な詩魂です。

「二十歳の原点」に掲載されている高野悦子の自作の詩はみずみずしく、今読み直しても感動に価します。

「旅に出よう」で始まる無題の詩があるのですが、その詩を読んで私にもやがて訪れるであろう「旅立ちの日」を夢想できました。

高野悦子の無垢な感性に感謝したい気持ちです。

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 これがその「二十歳の原点」。

高野悦子「二十歳の原点」

以前に買った本を紛失してしまったので、新しく買い換えました。

本の断捨離と言いつつ、買ってしまっていますね(苦笑)。

それはさておき、この表紙の下部に掲載されている詩が良いのです。

これは一部なので、全文を引用してみましょう。

 旅に出よう
 テントとシュラフの入ったザックをしょい
 ポケットには一箱の煙草と笛をもち
 旅に出よう

 出発の日は雨がよい
 霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
 萌え出でた若芽がしっかりとぬれながら

 そして富士の山にあるという
 原始林の中にゆこう
 ゆっくりとあせることなく

 大きな杉の古木にきたら
 一層暗いその根本に腰をおろして休もう
 そして独占の機械工場で作られた一箱の煙草を取り出して
 暗い古樹の下で一本の煙草を喫おう

 近代社会の臭いのする その煙を
 古木よ おまえは何と感じるか

 原始林の中にあるという湖をさがそう
 そしてその岸辺にたたずんで
 一本の煙草を喫おう
 煙をすべて吐き出して
 ザックのかたわらで静かに休もう

 原始林を暗やみが包みこむ頃になったら
 湖に小舟をうかべよう

 衣服を脱ぎすて
 すべらかな肌をやみにつつみ
 左手に笛をもって
 湖の水面を暗闇の中に漂いながら
 笛をふこう

 小舟の幽かなるうつろいのさざめきの中
 中天より涼風を肌に流させながら
 静かに眠ろう

 そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう

「二十歳の原点」の表紙に掲載されているのは、最初の3連だけです。

しかし、これだけでも、充分に「旅立ち」たくなる。

やわらかな感性で静かに書かれているのに、深い泉から言葉が沸き上がってくる不思議な力が感じられます。

その最初の3連を、もう一度、引用してみましょう。

 旅に出よう
 テントとシュラフの入ったザックをしょい
 ポケットには一箱の煙草と笛をもち
 旅に出よう

 出発の日は雨がよい
 霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
 萌え出でた若芽がしっかりとぬれながら

 そして富士の山にあるという
 原始林の中にゆこう
 ゆっくりとあせることなく

 高野悦子も具体的な旅行の計画を立てているわけではなく、旅を夢想していることがわかりますね。

「霧のようにやわらかい春の雨の日がよい」という書き方がいい。

決して技巧に走ることなく、素直に自身の心情を吐露している。

その感性がみずみずしく、魂が純粋なので、感動できるのですね。

そして最後のフレーズを読むと胸がつまります。

生き急ぎ、わずか20年で死を選んでしまった高野悦子が「ゆっくりとあせることなく」と書いていることが哀れでなりません。

しかも、感傷的かというとそうでもなく、頭脳は明晰で、心は澄み切っていて、魂の到達点を連想させるくらいです。

テクニックに凝らず、湧いてくる言葉に従順な詩作姿勢も今の私にとってはありがたい。

思わせぶりの難解を気取った詩らしき言葉の無理な構築など、今さら読みたくありません。

大事な場所に戻してくれる、新しい出発の日を用意してくれる、清浄な力が高野悦子の詩にはあります。

こういう真に優れた詩を読んで、本当に「旅立ち」たいと思いました。

そのために、心を落ちつかせて、旅の準備にかかることにします。