白洲三四郎ブログ

白洲三四郎(しらすさんしろうshirasusanshirou)がミニマリスト計画を実現するまでの記録。旅立ちのために、断捨離と節約を実行中。

「書類の断捨離」が辛いのは、過去という時間を断捨離することだから。

本棚にあった書類を床に引っ張りだし、すべてをチェックして、断捨離するか、断捨離しないかと決めてゆきます。

その作業が何時間続いたことでしょうか。

腰と背中はパンパンに張っていました。床から立ち上がるだけで精一杯だったのです。

気づいたことは「書類の断捨離」は「本の断捨離」よりも大変だということ。

そこには、やはり思い出も詰まっているので、判断に時間を要することもあったのです。

大量の書類を捨てる時、次のステージが始まるのだと思いました。 

それにしても「書類の断捨離」は、なんと辛い作業なのでしょう。

先ほど、作業を終えたので、感じたことをいろいろと書いてみることにしますね。 

 

紙との決別。 紙の時代はとっくに終わっていたのです。

以下が、今回、断捨離することにした書類たち。

書類の断捨離

紙の書籍も、コピー用紙も、もう買わないと思います。

紙は場所をとるし、重いし、お金がかかるし……よくぞ、何十年も使ってきたとものです。

紙文化は古い時代の産物であって、今の時代には合わないのは明白。

私の意識が遅れているだけで、とっくにペーパーレスの時代になっているのです。

それよりも何よりも、書類を断捨離する時が辛すぎるのです。

作業がたいへんなのはもちろんですが、捨てる時は心が痛むから。

紙に印刷された文字を読めば、その時、自分が考えていたことがわかります。

どんなことで悩んでいたか、どんなことに熱中していたかも、手に取るように伝わってくるのです。

紙であれ、本であれ、CDであれ、DVDであれ、辛さのともなわない断捨離はありません。

特に紙の場合、言葉が印字されているので、重みが違ってくるのでしょうね。

www.shirasusanshirou.com

「書類の断捨離」は過去という「時間の断捨離」である。

今回の「書類の断捨離」で気づいたのは、書類には過去という膨大時間が刻印されているということ。

当然のことながら、大切な書類は残すのですが、それ以外は永遠のお別れになります。

過去という時間を捨てることは、気軽にもなりますが、捨てる決断をするのは難行にほかなりません。

過去という時間は紛れもなく私の人生であり、捨てる時間には、夢や希望も含まれているのですね。

若くて、夢に燃えていた自分を捨てることが、辛くないはずはありません。

でも、ここは辛さに耐え、前向きに考えることにしました。

「過去の断捨離」は、きっと素晴らしい「未来」に私を向かわせてくれることを、信じたいと思います。